こんにちは、赤岩です。
残暑のはずが、暑さのリバウンドともいうべき、8月最終週はとても暑いですね。
皆様体調崩さないようお過ごし下さい。
私は2回にわたって新日本プロレス真夏の最強戦士決定戦G1 CLIMAXの投稿をさせて頂きました。
SANADA選手の結果報告が主で優勝者をお伝えしておりませんでしたが、
KONOSUKE TAKESHITA選手
が優勝しました。おめでとうございます!!
リーグ戦なので黒星もありましたが無事最強戦士が決定しました。
しかしながら、最強と聞くと、誰を想像されますか?または、何を想像されますか?
私がこれまで感じた【最強】について、オムニバス形式で少し語ってみたいと思います。
もしよろしければお付き合い下さい。
AKD(秋山清原デストラーデ)
80年代後半から90年代前半の西武はとにかく強かったです!
日本シリーズ進出は当たり前くらいの勢いで日本一を何度もかっさらっていたかと思います。
その立役者のひとつがAKDなわけであります!!
みんな、いっぱい打ってた(笑)森監督もニンマリ♪
ゼットン(ウルトラマン)
ウルトラマンシリーズで初めて勝利した宇宙恐竜。
ウルトラマンが全く歯が立たず、ノーダメージでの勝利に子供だった私は恐怖すら感じました。
岩本博士がいなかったら化学特捜隊基地は壊滅してましたよね!!さすが博士!!
因みにゴモラのしっぽにもビビリました…。
ヒクソン・グレイシー(総合格闘家)
90年代、総合格闘技の世界で400戦無敗という触れ込みでやってきたヒクソン。
バーリトゥード日本大会で山本選手、木村選手、中井選手を危なげなく倒し優勝、そして高田延彦選手に2連勝、
船木誠勝選手に勝利と格闘技強さの象徴として、負けるところを見ることなく現役キャリアを全うされました。
いやぁ強かった…。
現在でいう「マウントを取る」という言葉はヒクソンの代名詞マウントポジションからきており、絶対的優位な
ポジションとして、当時はヒクソンがマウントを取ると絶望がよぎりましたよね。
千代の富士(横綱)
私の子供のころのヒーローの一人、それが千代の富士関です。
53連勝という当時の記録を打ち立て、ウルフと言われたあの肉体でぶつかって、自分より大きい相手を投げ倒す
姿はカッコイイの一言でした。
世代交代の一戦、貴花田関との初対決で敗れた時はショックと衝撃が入り混じった感動を今でも覚えています。
2日目に板井関に勝ち、3日目の貴闘力関に敗戦で引退を発表されましたね。寂しかったですねぇ。
それでは、次が最後の【最強】です↓↓
ラブ・ストーリーは突然に(小田和正)
90年代、CD初動セールスに火を点けたのはこちらの作品です。発売1週間で70万枚を超える売り上げ、トータル
約270万枚という大記録を樹立。その後のCHAGE&ASKA「SAY YES」や米米CLUB「君がいるだけで」のヒットの
礎を作った作品として語り継がれています!!
私の記憶にある一番古い連続ドラマが「東京ラブストーリー」です。主題歌のイントロからサビ、すべてが耳に残っており、
当然のようにDVD BOXを購入させて頂きました!!
あの衝撃が忘れられず、数々の名曲がありそれぞれに思い入れもあるのですが、最強ソングとして私はこの曲を推薦したい
と思います!!
いかがでしたでしょうか?
まだまだ色んな最強が存在するような気がしてきました、書いてるうちに(笑)
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